夜の帳が下りたコンビニエンスストア。
そこは、さまざまな人々が行き交う小さな交差点です。
数年前の夜、私の働くコンビニで夜勤をしていたのは、スリランカ出身の青年、イスルさんでした。
彼は日本語がとても上手で、私たち日本人スタッフともすぐに打ち解け、毎日楽しく働いていました。
いつも笑顔で、お客さんとのコミュニケーションも素晴らしく、レジ業務も正確。
本当に真面目で、物覚えも良い、頼りになる青年でした。
イスルさんは、故郷の両親に毎日電話をする、とても家族思いの優しい青年でもありました。
彼の飾らない人柄は、私たちスタッフだけでなく、多くのお客様からも愛されていました。
そんなイスルさんの趣味は「車」。
以前勤めていた焼肉店のオーナーさんが乗っていたBMWに憧れを抱きながらも、彼が本当に乗りたい車は、意外にも「プリウス」だったのです。
「プリウスだったら、中古車もたくさんあるし、世界的に有名な車だから、スリランカでも買えるんじゃない？」私はそう言いました。
しかし、彼の答えは、私の想像をはるかに超えるものでした。
「スリランカにもプリウスを見かけるけど、高くて買えないんです」
彼の言葉には、単に経済的な理由だけでなく、もっと深い、文化や価値観の違いが込められていたのです。
この記事では、イスルさんとの出会いを通して見えてきた、異文化共生の光と影、そして私たちが目指すべき多文化共生社会への道標について、共に考えていきたいと思います。
目次
1. 「プリウス」に込められた、それぞれの想い - 日本の豊かさとスリランカの現実
イスルさんが「プリウスに乗りたい」と話すとき、その瞳は少年のように輝いていました。
「プリウスは燃費も良いし、環境にも優しい。それに、デザインもかっこいい！」
彼の言葉には、単に車への憧れだけでなく、環境への配慮や未来への希望も込められているように感じられました。
「日本では、プリウスはどんな人が乗っているの？」
彼はそう尋ねました。
私は、主婦の方やタクシードライバーさん、若い世代の人も乗っていると答えました。日本においてプリウスは、幅広い層に支持されている車であり、決して高嶺の花ではありません。
「そうなんだ…」
彼の言葉には、少し寂しそうな響きが含まれていました。
「スリランカにもプリウスを見かけることはあるんだけど、とても高くて、僕には手が届かないんです」
私が彼の話を聞いて驚いたのは、プリウスの中古車の価格でした。
「10万キロを超えたプリウスでも、400万円はするんです」
日本で100万円以下で購入できるような中古車が、スリランカでは400万円もする。その事実に、私は言葉を失いました。
「それに、プリウスを修理できる技術を持っている人が少ないから、もし壊れてしまったら、直すことができないんです」
日本では、どこにでも自動車整備工場があり、プリウスのようなハイブリッド車でも修理する技術は確立されています。しかし、スリランカでは、そうではない。
イスルさんの言葉を通して、私は日本とスリランカの経済格差、技術力の差、そして何よりも、価値観の違いを痛感させられました。
私たちは、車を持つこと、好きな車を選ぶこと、車が故障してもすぐに修理してもらえること、これらを当たり前のように思っています。しかし、世界には、そうではない人々がたくさんいる。
イスルさんの「プリウス」という夢は、私に、日本の恵まれた環境への感謝の気持ちを抱かせると同時に、世界の現実を教えてくれるものでもありました。
以下は、2025年現在の走行距離10万キロを超えるトヨタ・プリウスの中古車価格を、日本とスリランカで比較した表です。
| 地域 | 価格帯 | 備考 |
|---|---|---|
| 日本 | 約40万円～210万円 | 価格は車両の年式、グレード、状態によって異なる。 |
| スリランカ | 日本より高い可能性（具体的情報なし） | スリランカでは輸入税や関税が高いため、日本での価格より割高になる傾向がある。 |
補足
- 日本国内では、走行距離10万キロを超えるプリウスでも車両状態が良ければ100万円以上の価格がつく場合があります。
- スリランカの具体的な市場価格は不明ですが、高額な輸入税が影響し、同じ車両でも日本より高い価格となることが一般的です。
2. 異文化に触れて知る、価値観の多様性 - スリランカ青年から学ぶ、夢を追うことの大切さ
イスルさんの夢は、プリウスに乗ることだけではありませんでした。
「将来は、日本で自動車整備士の資格を取りたいんです」
彼はそう力強く語りました。
スリランカではプリウスを修理できる人が少ない。だから、自分が技術を身につけて、スリランカでプリウスを修理できる人を増やしたい。
彼の言葉には、故郷への強い想いと、夢に向かって努力する熱意が感じられました。
しかし、夢を追うことは、決して簡単なことではありません。
「山口県には、スリランカの子が自動車整備士の資格を取るための学校が見つからなくて…」
彼は少し寂しそうに言いました。
彼は、夢を叶えるために、遠く離れた関東の専門学校に進学することにしたのです。
「本当は、両親のそばにいたいし、慣れ親しんだこの場所で勉強したい。でも、夢を諦めたくないから」
彼の言葉には、葛藤と決意が入り混じっていました。
私は、彼の向上心と夢に向かう姿勢に、心を強く打たれました。
日本では、夢を諦めてしまう人、努力することをためらう人がたくさんいる中で、彼は、困難な状況でも夢を諦めず、努力し続けることの大切さを教えてくれたのです。
イスルさんの「プリウスに乗りたい」という夢は、私に、夢を持つことの意義、そして夢を追うことの素晴らしさを思い出させてくれるものでもありました。
3. 言葉だけではない、温かい交流 - イスルさんとの出会いが教えてくれた、人と人との繋がりの大切さ
イスルさんは、日本語がとても上手でしたが、それでも、私たちは言葉の壁を感じることがありました。
しかし、言葉が通じなくても、私たちは心を通わせることができたのです。
笑顔、挨拶、そしてちょっとしたジェスチャー。
イスルさんは、言葉だけでなく、様々な方法で私たちとコミュニケーションを取ろうとしてくれました。
彼の温かい人柄は、私たちスタッフだけでなく、多くのお客様からも愛されていました。
「いつも笑顔で挨拶してくれるから、私も元気をもらえるんだよ」
そう話す常連さんもいました。
イスルさんは、私たちに、言葉だけではない、心と心で繋がることの大切さを教えてくれました。
彼との交流を通して、私は人と人との繋がりは、国境や文化を超えて、温かい心で結ばれるのだと実感しました。
4. 異文化理解は、互いを尊重することから - イスルさんが抱えていた、地域社会での孤立感
明るく、誰とでもすぐに打ち解けるイスルさんでしたが、心の奥底には、孤独感を抱えているようでした。
「スリランカの人は、なかなか山口県では好まれていないみたいで、少し寂しいです」
彼は、引っ越す前の晩の夜勤のとき、そう呟きました。
彼の言葉は、私の心を強く締め付けました。
彼は、私たちには見せないようにしていたけれど、地域社会で孤立感を感じていたのです。
私たちの社会には、まだまだ、異文化を受け入れる土壌が十分に育っていないのかもしれない。
イスルさんの言葉は、私たちに、多様性を認め、受け入れることの大切さを改めて教えてくれるものでした。
5. 多様性を受け入れる社会へ - イスルさんのように、誰もが安心して暮らせる社会のために
イスルさんは、夢を追って、遠く離れた場所へ旅立ちました。
彼のような優秀な人材を、私たちの街では引き止めることができませんでした。
それは、私たち自身の責任でもあるのかもしれません。
私たちは、イスルさんが安心して暮らせるような、温かい社会を作ることができなかったのかもしれない。
イスルさんのことを忘れずに、私たちは、彼が教えてくれたことを胸に、誰もが安心して暮らせる社会の実現のために、できることから行動していきたいと思います。
